年賀状になった初めての海水浴
高齢者福祉施設で、前代未聞の出来事が起きた。2011年8月、のんびり村通津で、入居者たちが海水浴を楽しんだ。色とりどりの水着を着て、打ち寄せる波に足を付けて、「気持ちいい!」。そして、浮輪とスタッフの腕につかまって入浴。それはまるで少女たちが初めて海に入ったときのようだった。
のんびり村通津では、その1年前の7月から朝の散歩を始めている。その目的の一つは、スリープマネージメント。つまり、夜にぐっすり眠り、昼夜逆転を防ぐこと。緑の公園を抜けるとそこは海という好立地にも助けられて、入居者たちは散歩を楽しんだ。そして気付くと、何十回という真夜中のコールにスタッフが悩まされるということも、なくなっていた。
「暑いねぇ。海に足を付けてみたいねー」なんて会話をしながら、最初の夏は過ぎていった。
その翌年のこと、「あの海に入ってみたい」と、ある入居者が言い始めると、「わたしも、わたしも」と賛同者が現れた。
誰あろう、入居者本人が「したい!」と言い出したこと。自らがやりたいことを楽しんで、「自分らしく生きる」が、のんびり村の理念(※DT)である。とはいえ、海水浴とは、前代未聞の大冒険。「本当にできるのか」。
あらゆる事態にそなえて万全の準備をすることはもちろんだが、スタッフたちには、ちょっとした自信があった。それは、1年間、ほぼ毎日、散歩を続けたという実績。これによって、入居者たちには体力が備わっていた。その証拠に、散歩を始めてからというもの、風邪を引く入居者がめっきり減った。猛威を振るったインフルエンザも感染者ゼロが続いている。そして何よりも、散歩を続けた本人たちに、「わたしたちはできる!」という自信がみなぎっていた。
散歩を始めて1年が過ぎた8月、5人の女性たちは手をつないで、いっしょに海に入っていた。スタッフたちの心配をよそに、はしゃぐ彼女たちがいた。そして、海水浴はのんびり村通津の恒例となり、5年目を迎えている。
(記事/山口県東部の地域誌・くるとん/藤井)
2017年の海水浴にて
〈DT〉ダイバージョナル・セラピーとは?(※1)
一人ひとりの個性や意思を尊重し入居者様の「自分らしく生きたい」を実現するための全人的(身体的、精神的、社会的などあらゆる側面)なケアです。
単にレクリエーションを楽しむのではなく個性や人生に寄り添い、生活のアレンジをも含みます。